ここにしか咲かない花事実叙述は要するに、イテオロギーの表現法 |
难道是我误闯了您无知的狂恋?
2009-06-15-Mon-13:10
僕のことにそこまで関心を払ったのに対し、感謝の意を申し上げる。
よって、はじめて僕のつまらない生活を見直すことができた。なるほどね、僕、こうやってバタバタしてとんでもない生活を送れるのは、余裕を持っているからなんだ、と知らされたわけ。
よりによって、僕が自分の薄志弱行をひけらかしているどころか、恥知らずな振る舞いもお目障りになったよね。
大意
您对我生活的关心到了不惜辗转打听的地步,鄙人对此致以谢意。
托您的福,我得以重新审视自己的煞笔生活。原来如此,之所以过着这种游手好闲的煞笔生活是因为,我还有「余裕」这种东西啊。这也是您让我参学到的。
偏偏,我不但卖弄着自己的稀薄的意志以及低下的行动力,行为举止也显露出一种异常的恬不知耻,真是碍着您的眼睛了啊。
よって、はじめて僕のつまらない生活を見直すことができた。なるほどね、僕、こうやってバタバタしてとんでもない生活を送れるのは、余裕を持っているからなんだ、と知らされたわけ。
よりによって、僕が自分の薄志弱行をひけらかしているどころか、恥知らずな振る舞いもお目障りになったよね。
大意
您对我生活的关心到了不惜辗转打听的地步,鄙人对此致以谢意。
托您的福,我得以重新审视自己的煞笔生活。原来如此,之所以过着这种游手好闲的煞笔生活是因为,我还有「余裕」这种东西啊。这也是您让我参学到的。
偏偏,我不但卖弄着自己的稀薄的意志以及低下的行动力,行为举止也显露出一种异常的恬不知耻,真是碍着您的眼睛了啊。
「今日の高揚感を忘れないでください。」
2009-04-14-Tue-22:43
式辞・告辞集 平成21年度入学式(大学院)総長式辞平成21年度東京大学大学院入学式総長式辞
平成21年(2009年)4月13日
東京大学総長 濱田 純一
東京大学の大学院に入学なさった皆さん、おめでとうございます。これから皆さんが、大学院という新しい世界で、充実した学生生活をお送りになることを、心より願っています。
そして、また、皆さんがいま、こうしてここにいることを可能にして下さった、皆さんのご家族はじめご関係の皆さま方にも、心からお祝いを申し上げたいと思います。
今年の大学院の入学者は、4,766名です。その内訳は、修士課程が2,968名、博士課程が1,383名、専門職学位課程が415名です。そのうち、男性と女性の割合は、ほぼ3対1になっています。また、入学者の中で留学生の数は500名ちょうど、つまり入学者の1割以上いらっしゃるということになります。
これだけの数の皆さんが、これから東京大学の大学院で、その専門的な知識をさらに深めるべく、勉学に励まれるということになります。
大学院における教育について、東京大学は、さまざまな形で、その充実を図ってきました。昨年度も、社会的ニーズを踏まえた新しい専攻の設置、また、経済やICT分野などでの大学院教育改革支援プログラムの実施、あるいは大学院レベルでの大学間学生交流の推進など、教育体制の充実・強化を行っています。また、博士課程大学院生に対する経済支援策を拡充し、奨学制度を着実に実施していくとともに、キャリアサポートや学生相談体制の整備なども、大学として近年とくに力を入れてきているところです。
このような教育環境を整えることによって、皆さんが持っている素晴らしい能力が、東京大学の大学院において、さらに花開くことができるように、引き続き努力を傾けていきたいと思います。
さて、時代はいま、激しい変動の時期、大きな変化の時期を迎えています。金融や産業が世界的規模で動揺する中で、人々の生活の基盤も大きく揺らいでいます。こうした不安定な状況がいつまで続くのか、誰もが明確な回答を持っているわけではありません。また、とりあえず状況が一段落したとしても、それは、必ずしもこの危機の克服ということではないように思います。本当の「克服」というのは、こうした危機が二度と起こらないような、社会の仕組みと人々の考え方を、新たに作っていくということです。
つまり、この危機が克服された後の世界は、危機以前の状態に戻るというだけであってはならない、と思います。人類の知恵は、今回の危機から学び、誰もがより快適に安心して生活できる、そうした社会の姿を生み出していくことを可能とするはずです。それが出来ないのであれば、私たちの知識は何のためにあるのか、ということが問い直されなければなりません。 いまの時代は、これまで当たり前と思ってきたもの、いわば信用と信頼の体系が、がらがらと崩れている時代です。その意味で、この危機は、表層的なものではなく構造的なものです。こうした場面では、根本の部分から時代の課題にしっかりと取り組み、「未来に向けた確かな指針」を示すことが求められます。たしかに、目前の危機を回避するために応急的な対応は必要です。しかし、こうした時代だからこそ、目前のことだけに囚われるのではなく、20年、50年、100年先の、日本と世界を見据えた指針が求められるように思います。そのような新しい世界を描き、それに至る道筋を提示することができるのが、学術であり、大学です。とりわけ東京大学のような大学は、これからの「世界を担う知の拠点」としての役割を、果たしていかなければなりません。
ITやグリーン・テクノロジーといった分野をはじめとする新しい技術開発、医療や生命にかかわる研究の展開、また、新しい時代を支える経済的な仕組みや制度的な枠組みづくりなど、東京大学の学術が「未来」の構想にかかわるべきことは山のようにあります。また、今回の危機で、「金融界では、すでに危機の顕在化以前に、多くの人が危ない状況だと思っていた。それでも止めることができなかった」、というような説明を聞くことがあります。そこには、人間や社会のあり方への、本質的な洞察を必要とする課題も含まれているような気がします。
そして、何より、東京大学は人材育成の場です。現在の危機からの回復のためには、ある程度の時間がかかるでしょうから、今日ここに入学式を迎えられた皆さんは、その課程を修了なさる時、おそらくは、まだ回復中の経済や社会のただ中に入り、その回復のための中核的な力としてご活躍いただかなければなりません。皆さんの力が、社会の「未来に向けた確かな指針」を生み出すのに与ることができるように、東京大学は皆さんを、しっかりと教育していきたいと考えています。
これまで、社会が数多くの課題を抱えていることに対して、東京大学は、新しい学術的な価値を創造し、また、多様な教育と研究のプログラムを構築することで応えてきました。こうした挑戦をつねに可能とする、学術的な基盤の充実と発展には、引き続き大きな力を注ぎたいと考えています。東京大学の学術のウィングというのは、現在と未来だけではなく過去にも広がっています。知の創造にとって、未来に開かれた知の可能性に対する果敢な挑戦とともに、歴史に鍛え上げられた知の蓄積に対する鋭敏な意識は、決定的な要素です。時代にもてはやされる学問だけではなく、多彩な学問分野を、時の制約を越えて確実に維持し発展させ続けることは、東京大学の誇るべき伝統であり、学術の基盤を豊かなものとし、創造性を生み出す源となります。
このような基盤の上に立って、現代のような厳しい時代に立ち向かう東京大学の役割を、私は、「知の公共性」という言葉で示しておきたいと思います。
「公共性」という用語は、とても長い歴史を背負った言葉です。人々の行動や組織の活動が、社会的な文脈の中に置かれる時、そこに「公共性」というテーマが発生することは、ある意味で当然です。同時に、この言葉は、なかなか扱いにくいものです。この言葉は、しばしば国家や権威と同じように見なされてきました。そうした意味で、個人や自由を尊ぶ人々からは、ときには消極的な評価を受けてきました。また、市場の価値や個人の自己責任が強調される時代には、「公共性」という言葉の意義が、いささか後退するように見えることもあります。
ただ、いまの時代、改めて「公共性」というテーマと、真剣に向き合うことが必要となっているように、私は感じます。これは必ずしも、昨年来の金融危機や産業の動揺が理由というわけではありません。そうした危機によって状況が加速された面はあるとしても、それ以前から、この日本社会の中で次第に顕在化しつつあった課題です。
すなわち、いまの社会では、さまざまな場面で、人々が共有できる価値が失われつつある、ということが言われます。むしろ、「格差」が広がる中で、社会の分裂ということが危惧されています。いわゆる「総中流」の意識が崩れて、経済格差の拡大していることが、すでに今世紀への変わり目の頃から議論になっていました。
また、地方と都市の格差、という課題もあります。地方自治をテーマにしている、あるジャーナリストが記していた表現が、大変印象的だったのですが、彼は、放射性廃棄物処理や限界集落の問題を事例にして、地方と都市が対立構造で描かれがちな状況を、「共感が失われた共同体国家」という言葉で示しています。また、「都市と地方は、同じ日本という国内でありながら、別の世界に住む人々と認識され始めている」のではないか、とも述べています。
あるいは、あるメディア論の若い研究者は、日本の各地で海外からの労働者の移住によって、「住民の多国籍化、多文化化」の状況が起きていることを指摘し、「異なる言語・異なる文化・異なる労働環境・異なる生を生きる人々の間をつなぎ止め翻訳し調停する」ことが必要だと強調しています。
「公共性」の再構築といっても、何か論理操作によって新しいコンセプトを作れば、それでよいというものではありません。むしろ、これからの多様化する社会の中で、人々が共有できる価値を見出だし、あるいは創り出し、その発見や創造のためのプロセスを動かし、そして、その価値を実現していくための手段を考えていく、ということが必要なのです。そこでは、新しい知恵が求められています。私は、その媒介をするのが、知の公共性、学術の公共性、大学の公共性であると考えています。
言うまでもなく、それは、「権威」としての公共性ということではありません。学術や大学が、ただ権威をもって一方的に未来の方向を指し示す、ということではありません。欧米的な語源での公共性、つまりパブリックとかエッフェントリッヒカイトといった言葉には、公開性というニュアンスが本来的に備わっています。つまり、社会に開かれた議論のプロセスを通じて、人々が、未来に向けてお互いに共有できる価値と仕組みを作りだしていく、ということが求められていると思うのです。
実際、いまの社会の中で、新しい形で共通の価値や認識を見つけていこう、あるいは生み出していこうとする芽は、すでにあります。NPOをはじめ、さまざまな人々のボランタリーな活動が、しばしばインターネットのような新しい通信手段も使って、空間的、あるいは時間的な制約を越えて、新しい公共性の世界を生み出しつつあることも、しばしば見られます。あるいは、もう少し制度的なことで言えば、この五月からスタートすることになる裁判員制度では、職業裁判官による、従来のある意味では権威的で専門的な司法というものを、人々により開かれた司法にしていくという意味で、公共性が権威的なものからより開放的なものに向かっていく時代の流れに、対応している印象を持ちます。
大学というものは、こうした新しい時代の公共性を生み出す、最高の装置です。大学は、新鮮な知恵と多様な価値、そして開かれた議論が支配している空間です。そしてまた、この空間は、決していわゆる「象牙の塔」として、閉ざされているわけではありません。今日の大学、とりわけ大学院は、さまざまな形の社会との連携によって、その知の生命力を高めています。これから大学院に入学しようとする皆さんにも、今日のように、その基盤から激しく問い直されている時代に、未来に向けて人々が共有すべき価値とは何なのか、人々に幸せをもたらす知識や技術とは何なのか、といったことを、大学院における学生生活の中で、折に触れて考えていただければと思います。
もちろん、こうした「公共性」という問題意識だけで、大学院での勉学が行えるわけではありません。せっかく、学部の時代よりはさらに、一段と奥深い研究を行おうとするわけですから、皆さんには、ぜひ、学問をするということの「わくわく感」を味わっていただきたいと思います。
どうすれば、そうした「わくわく感」をもつことが出来るのか。これには正直なところ、これだという明確な答えはありません。そこには、いろいろなきっかけがあるはずです。
ただ、私自身の経験から一つ言えることは、「違和感」というものを大切にするとよい、そこに宝が眠っているかもしれない、ということです。要するに、あれ、何か変だ、どうしてだろう、どうなっているんだろう、という気持ちを大切にしてほしい、ということです。
私は、大学院を法学政治学研究科で過ごしましたが、その時に研究していた中心的なテーマは、「自由と制度」というものでした。それは、ドイツ語の言葉で、「インスティテューショネレ・フライハイト」、つまり「制度的自由」という言葉に出会ったことがきっかけでした。自由と制度の組み合わせというのは、直感的に違和感のあるものです。自然法思想においては、個人の自由は、人間が生まれながらに持っているものであり、その意味では社会以前から存在しているものです。他方、制度は言うまでもなく、社会が出来てからの存在であるはずです。
しかし、さきほどの言葉は、自由と制度を結びつけようとするのです。それがどのようにして可能なのか、私は大変困惑しました。それは、知的緊張を高めるものでした。そして、その解決は、「制度的自由」という概念が、法律の世界の中でも解釈論と哲学論の境界に、また、法律の世界と社会的現実の世界との境界に位置して組み立てられている、と気づくことによって、はじめてある程度の合点がいきました。そこまで合点するために、私は、法律学の勉強だけでなく、国家学、社会学、そして人間学や文化学、さらには神学などの勉強も、少しばかりすることになりました。そうした幅広い勉強ができたのは、何より、最初に「違和感」を持ったからに他なりません。 ついでながら、この自由と制度の構造をつなぐ重要な鍵として、エラン・ヴィタル(生命の躍動)という概念があります。この言葉を、私は1920年代のフランスの公法学者の論文から学んで、当然にその学者の創作にかかる言葉だと思い込んでいました。
ところが、ほんの数ヶ月前、ある社会学の分野の先生から著書を送っていただき、それをぱらぱらとめくっていると、このエラン・ヴィタルという言葉が目に入って飛び上がりました。その言葉は、さきほどの公法学者の発明ではなく、同時代のフランスの哲学者の言葉だったのです。そして、実は、このエラン・ヴィタルというのは、少し哲学をかじった人であれば、おそらくは皆さんの中にもいらっしゃると思いますが、ああそれはベルクソンの言葉だと、すぐ気づくほど有名なものです。その点では、この話は、30年前の私が、まだまだ勉強が足りなかった、未熟だったというだけのことです。しかし、同時に、勉強というものは一生続くものだという、ある意味では当たり前のことに、改めてちょっとした感動を覚えたのも事実です。
さて、今日は、新しく入学なさる皆さんのご家族の方々、ご関係の方々もたくさんおいでになっています。皆さまにも一言申し上げておきたいと思います。大学院生になる皆さんは、たしかに学部の4年を終了した、しっかりとした大人です。当然ながら、「過保護」にしていただく必要はありません。完全に一人立ちしていくことが出来る皆さんたちです。
ただ、大学院での勉学、研究というのは、学部での勉強以上に、強い精神力と体力を必要とするものです。また、個人の内面での、孤独な、しばしば峻烈な作業となることも少なくありません。その点で、ご家族の皆さま、ご関係の皆さまには、どうか、そうした厳しい勉学に立ち向かおうとする大学院生の皆さんに、引き続き精神的なサポートをして差し上げていただければと思います。
東京大学は、いま、このように多くの皆さんが、ともに学術の可能性にチャレンジしていく仲間として、新たにくわわって下さることを、心から嬉しく思います。皆さんに、改めて東京大学としての歓迎の気持ちをお伝えして、式辞といたします。
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平成21年度入学式(大学院)祝辞
平成21年(2009年)4月13日
東京大学名誉教授 中 根 千 枝
このたびの皆様の大学院入学を心からおよろこび申し上げます。この機会に皆様のご参考になるかと存じ、私の経験などをふまえて、大学院時代について、述べてみたいと思います。
皆様は学部からの勉強をさらに深め発展させようと大学院にお入りになったことと思いますが、まず、大学院時代は学部の延長ではなく、質的とも云える程の違いがあることを喚起しておきたいと思います。学部での勉強は基本的には受身のものであったわけですが、大学院は皆様にとって、ご自分の研究を自発的に能動的に形づくっていく創造的な第一歩を踏み出すことになるわけです。この大学院の数年間というのは、大変大事な時期で、皆さんの将来の研究、またそれぞれの専門の仕事する上での土台づくりの時期なのです。
実際、この時期には皆様の関心は学部時代と比べて、飛躍的に広くなり、新しい要素にさまざまな面で対応されていくことでしょう。たとえば、研究においては、学部時代にはふれなかったような内外の研究者の業績を貪慾に渉猟されるようになり、外国の学者の著書、論文により多く接するばかりでなく、中には留学などをとおして、専門分野や隣接分野の学者たちと交流することによって、自らの研究を更に新しく発展させる機会に恵まれる方々も少なくないと思います。専門によっては、修士論文、博士論文作成を念頭においた研究やフィールドワークを、日本だけでなく、外国でされるのもこの時代と云えましょう。つけ加えて云えば、二十代というのは、外国での経験が大変役立つものなのです。というのは、三十代以降に比べて、この時代は偏見が比較的少なく吸収力が最も旺盛であるからです。後でふりかえると、若さのため、ずい分思いきった行動がとれるものですし、思いがけなく一生を左右するような出来事や人との出会いがあったりするものです。 人によっては、自分の将来像を具体的に描いて、それに向かって一心に努力されることもあると思いますが、現実的には、現在自分が最もしたいこと、そして出来ることを推進されるのがよいと思います。というのは、世界の動きをはじめ、身近な環境というものは、思いもよらぬ方向に変化したりして、それが個人にとって、よくも悪くも影響しうるからです。自分のしたいことを強くもって、こうした変化に対応できる柔軟性と忍耐をもち、自分をとりまく流れの中で、チャンスを見過ごさずに決断することです。このようにして、自分の将来に次第に具体的な方向づけができてきたりするのです。
次に、研究を進める上で、かかわってくる条件として二つのこと、すなわち、語学と社会環境について述べておきましょう。
日本人が外国語が不得手であるということは、自他共に認めるものですが、その一番大きな原因は、日本の日常生活において、外国語を話す人たちと接触する機会が非常に少なく、異なる言語になれていないということです。外国で育った人たちとか、特に語学が好きですぐマスターしてしまうといった特殊な才能に恵まれている人たちを除いては、皆苦労するわけです。しかし、研究者として要求されることは、外国語で論文を読み、論文が書け、外国人と議論できるということでしょう。自然科学では、研究がより国際的にならざるを得ないために、殆どの研究者は英語その他の外国語で論文を発表するのが常となっていますが、人文・社会科学ではこの点大変おくれています。多くは翻訳者に依存するわけですが、たまたま専門が同じ翻訳者の場合はまだよいのですが、そうではないと、必ずしも筆者の意図や意味がよくとらえられているとは限りません。したがって、自分の論文は少なくとも英語で発表できるようにしたいものです。また、会話にいたっては、もっと不得手といえましょう。殆ど試験英語できているために、意思疎通が中々うまくいかない、当人は間違いなく正確に話さなければならないと思うために、中々話せません。
実は、これらのことを可能にする基本的な語学力は学部時代までにできていることが望ましいのです。大学院では少し遅すぎるのですが、個々人の努力次第ということになります。そこで特定の時間をそれに当てて、短期に自分の研究にとって必要な語学力をつけることです。この時期を逃すと、ますます本業が忙しくなって、とてもむずかしくなります。このような努力をしておきますと、次第に国際的な交流が増えることによって、外国語になれていき、ある程度の語学によるハンデキャップは克服できるものと云えましょう。語学能力というものは、個人差がありますから、うまくできないといって卑下する必要もありませんが、不自由しない程度の力をもつことは、研究生活にとって快適であることは云うまでもありません。
ついで、もう一つの条件、社会環境について述べますと、大学院時代には研究もさることながら、学部時代よりも社会的に複雑な場面に遭遇し、いろいろな人、知人とのつき合いも増えてきますし、好きな人などもできたり、結婚のお話もあったり、一生のうちでもゆれ動く要素が少なくありません。つとめて禁欲的になる必要はありませんが、そうしたさまざまな人々との出会いも楽しんで、それにもまして、研究への情熱を続けてもつことが大切だと思っています。 このような社会環境に対して、どちらかというと、女性の方がマイナスを負うことが多いといえましょう。ご参考までに統計的にみますと、本業としての研究者や確立された組織の管理職についている日本の女性の割合は先進国などと比べて一番低いという事実があるのです。女性研究者の数は近年ずい分増えてきていますが、上位10%をとりますと、女性はまだわずか全体の10%位にすぎず、内閣で目標としている30%に遠く及んでいないのです。一般的に学部卒業位までは、女子は大変成績がよいのですが、大学院時代から男子に凌駕されていくという現象があきらかにみられます。
日本ではまだ女性の研究者にとって、制度的に不利なこと、社会の理解が不十分であることがよく指摘されますが、私がアメリカやイギリスで大学院を担当した経験からみると、欧米やさらに中国、インドなどとも比べて、日本の女子の研究に対する心構えが弱いように見受けられます。私が接した外国の彼女らには個々人をとりまく障害に対する強さを感じるのです。日本の女子学生にも不利な条件に対して賢く対応する術(すべ)と努力をもってほしいと思います。もちろん、ご家族や先生の理解が得られる方々は云うまでもなく、個人としては常に秘められた強さと共に心の余裕をもって、ご自分の研究を進めていかれることを望みます。
女性のことに少しふれましたが、最後に私が申したいのは、本来、研究とは性差とは関係するものではなく、男女ともにおのれの信ずる道を進むことです。私が大学院に入った頃 −戦後間もなくでしたが− と比べると、皆様ははるかに恵まれた環境にいられるわけです。現状は複雑、流動的ですが、あらゆる意味で、個人の能力を発揮する可能性は大きいのです。大学院時代を楽しく生甲斐のある日々を過ごされることを心から願って、私の祝辞といたします。
平成21年(2009年)4月13日
東京大学総長 濱田 純一
東京大学の大学院に入学なさった皆さん、おめでとうございます。これから皆さんが、大学院という新しい世界で、充実した学生生活をお送りになることを、心より願っています。
そして、また、皆さんがいま、こうしてここにいることを可能にして下さった、皆さんのご家族はじめご関係の皆さま方にも、心からお祝いを申し上げたいと思います。
今年の大学院の入学者は、4,766名です。その内訳は、修士課程が2,968名、博士課程が1,383名、専門職学位課程が415名です。そのうち、男性と女性の割合は、ほぼ3対1になっています。また、入学者の中で留学生の数は500名ちょうど、つまり入学者の1割以上いらっしゃるということになります。
これだけの数の皆さんが、これから東京大学の大学院で、その専門的な知識をさらに深めるべく、勉学に励まれるということになります。
大学院における教育について、東京大学は、さまざまな形で、その充実を図ってきました。昨年度も、社会的ニーズを踏まえた新しい専攻の設置、また、経済やICT分野などでの大学院教育改革支援プログラムの実施、あるいは大学院レベルでの大学間学生交流の推進など、教育体制の充実・強化を行っています。また、博士課程大学院生に対する経済支援策を拡充し、奨学制度を着実に実施していくとともに、キャリアサポートや学生相談体制の整備なども、大学として近年とくに力を入れてきているところです。
このような教育環境を整えることによって、皆さんが持っている素晴らしい能力が、東京大学の大学院において、さらに花開くことができるように、引き続き努力を傾けていきたいと思います。
さて、時代はいま、激しい変動の時期、大きな変化の時期を迎えています。金融や産業が世界的規模で動揺する中で、人々の生活の基盤も大きく揺らいでいます。こうした不安定な状況がいつまで続くのか、誰もが明確な回答を持っているわけではありません。また、とりあえず状況が一段落したとしても、それは、必ずしもこの危機の克服ということではないように思います。本当の「克服」というのは、こうした危機が二度と起こらないような、社会の仕組みと人々の考え方を、新たに作っていくということです。
つまり、この危機が克服された後の世界は、危機以前の状態に戻るというだけであってはならない、と思います。人類の知恵は、今回の危機から学び、誰もがより快適に安心して生活できる、そうした社会の姿を生み出していくことを可能とするはずです。それが出来ないのであれば、私たちの知識は何のためにあるのか、ということが問い直されなければなりません。 いまの時代は、これまで当たり前と思ってきたもの、いわば信用と信頼の体系が、がらがらと崩れている時代です。その意味で、この危機は、表層的なものではなく構造的なものです。こうした場面では、根本の部分から時代の課題にしっかりと取り組み、「未来に向けた確かな指針」を示すことが求められます。たしかに、目前の危機を回避するために応急的な対応は必要です。しかし、こうした時代だからこそ、目前のことだけに囚われるのではなく、20年、50年、100年先の、日本と世界を見据えた指針が求められるように思います。そのような新しい世界を描き、それに至る道筋を提示することができるのが、学術であり、大学です。とりわけ東京大学のような大学は、これからの「世界を担う知の拠点」としての役割を、果たしていかなければなりません。
ITやグリーン・テクノロジーといった分野をはじめとする新しい技術開発、医療や生命にかかわる研究の展開、また、新しい時代を支える経済的な仕組みや制度的な枠組みづくりなど、東京大学の学術が「未来」の構想にかかわるべきことは山のようにあります。また、今回の危機で、「金融界では、すでに危機の顕在化以前に、多くの人が危ない状況だと思っていた。それでも止めることができなかった」、というような説明を聞くことがあります。そこには、人間や社会のあり方への、本質的な洞察を必要とする課題も含まれているような気がします。
そして、何より、東京大学は人材育成の場です。現在の危機からの回復のためには、ある程度の時間がかかるでしょうから、今日ここに入学式を迎えられた皆さんは、その課程を修了なさる時、おそらくは、まだ回復中の経済や社会のただ中に入り、その回復のための中核的な力としてご活躍いただかなければなりません。皆さんの力が、社会の「未来に向けた確かな指針」を生み出すのに与ることができるように、東京大学は皆さんを、しっかりと教育していきたいと考えています。
これまで、社会が数多くの課題を抱えていることに対して、東京大学は、新しい学術的な価値を創造し、また、多様な教育と研究のプログラムを構築することで応えてきました。こうした挑戦をつねに可能とする、学術的な基盤の充実と発展には、引き続き大きな力を注ぎたいと考えています。東京大学の学術のウィングというのは、現在と未来だけではなく過去にも広がっています。知の創造にとって、未来に開かれた知の可能性に対する果敢な挑戦とともに、歴史に鍛え上げられた知の蓄積に対する鋭敏な意識は、決定的な要素です。時代にもてはやされる学問だけではなく、多彩な学問分野を、時の制約を越えて確実に維持し発展させ続けることは、東京大学の誇るべき伝統であり、学術の基盤を豊かなものとし、創造性を生み出す源となります。
このような基盤の上に立って、現代のような厳しい時代に立ち向かう東京大学の役割を、私は、「知の公共性」という言葉で示しておきたいと思います。
「公共性」という用語は、とても長い歴史を背負った言葉です。人々の行動や組織の活動が、社会的な文脈の中に置かれる時、そこに「公共性」というテーマが発生することは、ある意味で当然です。同時に、この言葉は、なかなか扱いにくいものです。この言葉は、しばしば国家や権威と同じように見なされてきました。そうした意味で、個人や自由を尊ぶ人々からは、ときには消極的な評価を受けてきました。また、市場の価値や個人の自己責任が強調される時代には、「公共性」という言葉の意義が、いささか後退するように見えることもあります。
ただ、いまの時代、改めて「公共性」というテーマと、真剣に向き合うことが必要となっているように、私は感じます。これは必ずしも、昨年来の金融危機や産業の動揺が理由というわけではありません。そうした危機によって状況が加速された面はあるとしても、それ以前から、この日本社会の中で次第に顕在化しつつあった課題です。
すなわち、いまの社会では、さまざまな場面で、人々が共有できる価値が失われつつある、ということが言われます。むしろ、「格差」が広がる中で、社会の分裂ということが危惧されています。いわゆる「総中流」の意識が崩れて、経済格差の拡大していることが、すでに今世紀への変わり目の頃から議論になっていました。
また、地方と都市の格差、という課題もあります。地方自治をテーマにしている、あるジャーナリストが記していた表現が、大変印象的だったのですが、彼は、放射性廃棄物処理や限界集落の問題を事例にして、地方と都市が対立構造で描かれがちな状況を、「共感が失われた共同体国家」という言葉で示しています。また、「都市と地方は、同じ日本という国内でありながら、別の世界に住む人々と認識され始めている」のではないか、とも述べています。
あるいは、あるメディア論の若い研究者は、日本の各地で海外からの労働者の移住によって、「住民の多国籍化、多文化化」の状況が起きていることを指摘し、「異なる言語・異なる文化・異なる労働環境・異なる生を生きる人々の間をつなぎ止め翻訳し調停する」ことが必要だと強調しています。
「公共性」の再構築といっても、何か論理操作によって新しいコンセプトを作れば、それでよいというものではありません。むしろ、これからの多様化する社会の中で、人々が共有できる価値を見出だし、あるいは創り出し、その発見や創造のためのプロセスを動かし、そして、その価値を実現していくための手段を考えていく、ということが必要なのです。そこでは、新しい知恵が求められています。私は、その媒介をするのが、知の公共性、学術の公共性、大学の公共性であると考えています。
言うまでもなく、それは、「権威」としての公共性ということではありません。学術や大学が、ただ権威をもって一方的に未来の方向を指し示す、ということではありません。欧米的な語源での公共性、つまりパブリックとかエッフェントリッヒカイトといった言葉には、公開性というニュアンスが本来的に備わっています。つまり、社会に開かれた議論のプロセスを通じて、人々が、未来に向けてお互いに共有できる価値と仕組みを作りだしていく、ということが求められていると思うのです。
実際、いまの社会の中で、新しい形で共通の価値や認識を見つけていこう、あるいは生み出していこうとする芽は、すでにあります。NPOをはじめ、さまざまな人々のボランタリーな活動が、しばしばインターネットのような新しい通信手段も使って、空間的、あるいは時間的な制約を越えて、新しい公共性の世界を生み出しつつあることも、しばしば見られます。あるいは、もう少し制度的なことで言えば、この五月からスタートすることになる裁判員制度では、職業裁判官による、従来のある意味では権威的で専門的な司法というものを、人々により開かれた司法にしていくという意味で、公共性が権威的なものからより開放的なものに向かっていく時代の流れに、対応している印象を持ちます。
大学というものは、こうした新しい時代の公共性を生み出す、最高の装置です。大学は、新鮮な知恵と多様な価値、そして開かれた議論が支配している空間です。そしてまた、この空間は、決していわゆる「象牙の塔」として、閉ざされているわけではありません。今日の大学、とりわけ大学院は、さまざまな形の社会との連携によって、その知の生命力を高めています。これから大学院に入学しようとする皆さんにも、今日のように、その基盤から激しく問い直されている時代に、未来に向けて人々が共有すべき価値とは何なのか、人々に幸せをもたらす知識や技術とは何なのか、といったことを、大学院における学生生活の中で、折に触れて考えていただければと思います。
もちろん、こうした「公共性」という問題意識だけで、大学院での勉学が行えるわけではありません。せっかく、学部の時代よりはさらに、一段と奥深い研究を行おうとするわけですから、皆さんには、ぜひ、学問をするということの「わくわく感」を味わっていただきたいと思います。
どうすれば、そうした「わくわく感」をもつことが出来るのか。これには正直なところ、これだという明確な答えはありません。そこには、いろいろなきっかけがあるはずです。
ただ、私自身の経験から一つ言えることは、「違和感」というものを大切にするとよい、そこに宝が眠っているかもしれない、ということです。要するに、あれ、何か変だ、どうしてだろう、どうなっているんだろう、という気持ちを大切にしてほしい、ということです。
私は、大学院を法学政治学研究科で過ごしましたが、その時に研究していた中心的なテーマは、「自由と制度」というものでした。それは、ドイツ語の言葉で、「インスティテューショネレ・フライハイト」、つまり「制度的自由」という言葉に出会ったことがきっかけでした。自由と制度の組み合わせというのは、直感的に違和感のあるものです。自然法思想においては、個人の自由は、人間が生まれながらに持っているものであり、その意味では社会以前から存在しているものです。他方、制度は言うまでもなく、社会が出来てからの存在であるはずです。
しかし、さきほどの言葉は、自由と制度を結びつけようとするのです。それがどのようにして可能なのか、私は大変困惑しました。それは、知的緊張を高めるものでした。そして、その解決は、「制度的自由」という概念が、法律の世界の中でも解釈論と哲学論の境界に、また、法律の世界と社会的現実の世界との境界に位置して組み立てられている、と気づくことによって、はじめてある程度の合点がいきました。そこまで合点するために、私は、法律学の勉強だけでなく、国家学、社会学、そして人間学や文化学、さらには神学などの勉強も、少しばかりすることになりました。そうした幅広い勉強ができたのは、何より、最初に「違和感」を持ったからに他なりません。 ついでながら、この自由と制度の構造をつなぐ重要な鍵として、エラン・ヴィタル(生命の躍動)という概念があります。この言葉を、私は1920年代のフランスの公法学者の論文から学んで、当然にその学者の創作にかかる言葉だと思い込んでいました。
ところが、ほんの数ヶ月前、ある社会学の分野の先生から著書を送っていただき、それをぱらぱらとめくっていると、このエラン・ヴィタルという言葉が目に入って飛び上がりました。その言葉は、さきほどの公法学者の発明ではなく、同時代のフランスの哲学者の言葉だったのです。そして、実は、このエラン・ヴィタルというのは、少し哲学をかじった人であれば、おそらくは皆さんの中にもいらっしゃると思いますが、ああそれはベルクソンの言葉だと、すぐ気づくほど有名なものです。その点では、この話は、30年前の私が、まだまだ勉強が足りなかった、未熟だったというだけのことです。しかし、同時に、勉強というものは一生続くものだという、ある意味では当たり前のことに、改めてちょっとした感動を覚えたのも事実です。
さて、今日は、新しく入学なさる皆さんのご家族の方々、ご関係の方々もたくさんおいでになっています。皆さまにも一言申し上げておきたいと思います。大学院生になる皆さんは、たしかに学部の4年を終了した、しっかりとした大人です。当然ながら、「過保護」にしていただく必要はありません。完全に一人立ちしていくことが出来る皆さんたちです。
ただ、大学院での勉学、研究というのは、学部での勉強以上に、強い精神力と体力を必要とするものです。また、個人の内面での、孤独な、しばしば峻烈な作業となることも少なくありません。その点で、ご家族の皆さま、ご関係の皆さまには、どうか、そうした厳しい勉学に立ち向かおうとする大学院生の皆さんに、引き続き精神的なサポートをして差し上げていただければと思います。
東京大学は、いま、このように多くの皆さんが、ともに学術の可能性にチャレンジしていく仲間として、新たにくわわって下さることを、心から嬉しく思います。皆さんに、改めて東京大学としての歓迎の気持ちをお伝えして、式辞といたします。
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平成21年度入学式(大学院)祝辞
平成21年(2009年)4月13日
東京大学名誉教授 中 根 千 枝
このたびの皆様の大学院入学を心からおよろこび申し上げます。この機会に皆様のご参考になるかと存じ、私の経験などをふまえて、大学院時代について、述べてみたいと思います。
皆様は学部からの勉強をさらに深め発展させようと大学院にお入りになったことと思いますが、まず、大学院時代は学部の延長ではなく、質的とも云える程の違いがあることを喚起しておきたいと思います。学部での勉強は基本的には受身のものであったわけですが、大学院は皆様にとって、ご自分の研究を自発的に能動的に形づくっていく創造的な第一歩を踏み出すことになるわけです。この大学院の数年間というのは、大変大事な時期で、皆さんの将来の研究、またそれぞれの専門の仕事する上での土台づくりの時期なのです。
実際、この時期には皆様の関心は学部時代と比べて、飛躍的に広くなり、新しい要素にさまざまな面で対応されていくことでしょう。たとえば、研究においては、学部時代にはふれなかったような内外の研究者の業績を貪慾に渉猟されるようになり、外国の学者の著書、論文により多く接するばかりでなく、中には留学などをとおして、専門分野や隣接分野の学者たちと交流することによって、自らの研究を更に新しく発展させる機会に恵まれる方々も少なくないと思います。専門によっては、修士論文、博士論文作成を念頭においた研究やフィールドワークを、日本だけでなく、外国でされるのもこの時代と云えましょう。つけ加えて云えば、二十代というのは、外国での経験が大変役立つものなのです。というのは、三十代以降に比べて、この時代は偏見が比較的少なく吸収力が最も旺盛であるからです。後でふりかえると、若さのため、ずい分思いきった行動がとれるものですし、思いがけなく一生を左右するような出来事や人との出会いがあったりするものです。 人によっては、自分の将来像を具体的に描いて、それに向かって一心に努力されることもあると思いますが、現実的には、現在自分が最もしたいこと、そして出来ることを推進されるのがよいと思います。というのは、世界の動きをはじめ、身近な環境というものは、思いもよらぬ方向に変化したりして、それが個人にとって、よくも悪くも影響しうるからです。自分のしたいことを強くもって、こうした変化に対応できる柔軟性と忍耐をもち、自分をとりまく流れの中で、チャンスを見過ごさずに決断することです。このようにして、自分の将来に次第に具体的な方向づけができてきたりするのです。
次に、研究を進める上で、かかわってくる条件として二つのこと、すなわち、語学と社会環境について述べておきましょう。
日本人が外国語が不得手であるということは、自他共に認めるものですが、その一番大きな原因は、日本の日常生活において、外国語を話す人たちと接触する機会が非常に少なく、異なる言語になれていないということです。外国で育った人たちとか、特に語学が好きですぐマスターしてしまうといった特殊な才能に恵まれている人たちを除いては、皆苦労するわけです。しかし、研究者として要求されることは、外国語で論文を読み、論文が書け、外国人と議論できるということでしょう。自然科学では、研究がより国際的にならざるを得ないために、殆どの研究者は英語その他の外国語で論文を発表するのが常となっていますが、人文・社会科学ではこの点大変おくれています。多くは翻訳者に依存するわけですが、たまたま専門が同じ翻訳者の場合はまだよいのですが、そうではないと、必ずしも筆者の意図や意味がよくとらえられているとは限りません。したがって、自分の論文は少なくとも英語で発表できるようにしたいものです。また、会話にいたっては、もっと不得手といえましょう。殆ど試験英語できているために、意思疎通が中々うまくいかない、当人は間違いなく正確に話さなければならないと思うために、中々話せません。
実は、これらのことを可能にする基本的な語学力は学部時代までにできていることが望ましいのです。大学院では少し遅すぎるのですが、個々人の努力次第ということになります。そこで特定の時間をそれに当てて、短期に自分の研究にとって必要な語学力をつけることです。この時期を逃すと、ますます本業が忙しくなって、とてもむずかしくなります。このような努力をしておきますと、次第に国際的な交流が増えることによって、外国語になれていき、ある程度の語学によるハンデキャップは克服できるものと云えましょう。語学能力というものは、個人差がありますから、うまくできないといって卑下する必要もありませんが、不自由しない程度の力をもつことは、研究生活にとって快適であることは云うまでもありません。
ついで、もう一つの条件、社会環境について述べますと、大学院時代には研究もさることながら、学部時代よりも社会的に複雑な場面に遭遇し、いろいろな人、知人とのつき合いも増えてきますし、好きな人などもできたり、結婚のお話もあったり、一生のうちでもゆれ動く要素が少なくありません。つとめて禁欲的になる必要はありませんが、そうしたさまざまな人々との出会いも楽しんで、それにもまして、研究への情熱を続けてもつことが大切だと思っています。 このような社会環境に対して、どちらかというと、女性の方がマイナスを負うことが多いといえましょう。ご参考までに統計的にみますと、本業としての研究者や確立された組織の管理職についている日本の女性の割合は先進国などと比べて一番低いという事実があるのです。女性研究者の数は近年ずい分増えてきていますが、上位10%をとりますと、女性はまだわずか全体の10%位にすぎず、内閣で目標としている30%に遠く及んでいないのです。一般的に学部卒業位までは、女子は大変成績がよいのですが、大学院時代から男子に凌駕されていくという現象があきらかにみられます。
日本ではまだ女性の研究者にとって、制度的に不利なこと、社会の理解が不十分であることがよく指摘されますが、私がアメリカやイギリスで大学院を担当した経験からみると、欧米やさらに中国、インドなどとも比べて、日本の女子の研究に対する心構えが弱いように見受けられます。私が接した外国の彼女らには個々人をとりまく障害に対する強さを感じるのです。日本の女子学生にも不利な条件に対して賢く対応する術(すべ)と努力をもってほしいと思います。もちろん、ご家族や先生の理解が得られる方々は云うまでもなく、個人としては常に秘められた強さと共に心の余裕をもって、ご自分の研究を進めていかれることを望みます。
女性のことに少しふれましたが、最後に私が申したいのは、本来、研究とは性差とは関係するものではなく、男女ともにおのれの信ずる道を進むことです。私が大学院に入った頃 −戦後間もなくでしたが− と比べると、皆様ははるかに恵まれた環境にいられるわけです。現状は複雑、流動的ですが、あらゆる意味で、個人の能力を発揮する可能性は大きいのです。大学院時代を楽しく生甲斐のある日々を過ごされることを心から願って、私の祝辞といたします。
如此而已
2009-04-07-Tue-08:20
今天早上我顿悟到一件事情。
之所以我会越来越傻,越来越退化,越来越不知所措。
只是因为平地而起一个你对我事事周全,实在是好。
好到我把以前在伤痛那里学到的东西都还了回去。
·
之所以我会越来越傻,越来越退化,越来越不知所措。
只是因为平地而起一个你对我事事周全,实在是好。
好到我把以前在伤痛那里学到的东西都还了回去。
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忘记名字
2009-04-01-Wed-11:36
那天,我从学校正门右转进去,钟楼的指针笔直得指向12点。
两根针离了些距离的偎在一起,却有一种说不出的肃穆。
你已经站在一旁等我。
我看见了你,精神开始无意识的软弱。
你在一片金色的阳光里面翻着书,样子很慵懒,像在等着谁,又很无所谓。
我心里面一阵狂喜。好像发现了谁也不能够知道的秘密。
两根针离了些距离的偎在一起,却有一种说不出的肃穆。
你已经站在一旁等我。
我看见了你,精神开始无意识的软弱。
你在一片金色的阳光里面翻着书,样子很慵懒,像在等着谁,又很无所谓。
我心里面一阵狂喜。好像发现了谁也不能够知道的秘密。
伪佛洛依梦的分析
2009-02-22-Sun-19:01
蓝 说 (18:22控制):
我昨天做了个很彪悍的梦
Y说 (18:22控制):
梦是心头想,没什么大不了的
蓝 说 (18:23控制):
我梦见我去抗日
结果上了日方的醋单
亲眼看见日军屠村
日军威胁我
蓝 说 (18:24控制):
结果我妈对着我下跪
哭着求我不要继续了
为了娘着想 也要保住这条命
然后日军死了一个人 非要我去参加葬礼
说明 我言语上不低头不要紧
蓝 说 (18:25控制):
只要我穿条白裙子就行
蓝 说 (18:31控制):
然后我妈怕我不肯降
我当时没有穿白裙子
蓝 说 (18:32控制):
她就是料到说服不了我
就带去了一罐白油漆
到会场之前
蓝 说 (18:33控制):
就把整桶油漆泼在我裙子上
。。。。。
不知道为什么我们法日的人全部都活下来了
然后就有人为我去偷秘密文件
好像是这个秘密文件里面有当时屠村的最高将领的把柄
然后就想用这个把柄为我换一条命
然后我离开会场和另外一个同学去偷资料
这个同学是zjf。
蓝 说 (18:34控制):
不知道为什么管资料的是法国人
蓝 说 (18:34控制):
然后朱把他引开
没有你知道就行了
这个时候我溜到资料室里去
蓝 说 (18:35控制):
然后正准备找的时候
有两个日本人进来
我就先躲起来
听见她们说 管事的之所以迟迟不杀我
是因为我是东京帝国大学毕业的
蓝 说 (18:36控制):
想留为己用
还有一个原因 是我师兄在背后帮我斡旋
好像是最近在收集资料在帮我打官司
所以也上了日军的醋单
蓝 说 (18:37控制):
然后这段话结束 我换了个睡姿 就醒了
Y说 (18:38控制):
梦是隐含的欲望经过扭曲之后的达成
首先,你的欲望是摆脱日本摆脱东大
有可能是你想辍学的欲望的扭曲
然后,你的母亲等等,都是现实中阻止你进行这个非理性选择的障碍
所以你在梦里选择了爆发
至于Z和那个法国人就更好解释了,就是你最近见过的人的映射
至于偷资料可以免死
是你心底认为存在一种投机取巧的捷径,或许可以完成博士学业
然而到最后一步无法成功,说明你对于这种捷径的存在产生了怀疑
我昨天做了个很彪悍的梦
Y说 (18:22控制):
梦是心头想,没什么大不了的
蓝 说 (18:23控制):
我梦见我去抗日
结果上了日方的醋单
亲眼看见日军屠村
日军威胁我
蓝 说 (18:24控制):
结果我妈对着我下跪
哭着求我不要继续了
为了娘着想 也要保住这条命
然后日军死了一个人 非要我去参加葬礼
说明 我言语上不低头不要紧
蓝 说 (18:25控制):
只要我穿条白裙子就行
蓝 说 (18:31控制):
然后我妈怕我不肯降
我当时没有穿白裙子
蓝 说 (18:32控制):
她就是料到说服不了我
就带去了一罐白油漆
到会场之前
蓝 说 (18:33控制):
就把整桶油漆泼在我裙子上
。。。。。
不知道为什么我们法日的人全部都活下来了
然后就有人为我去偷秘密文件
好像是这个秘密文件里面有当时屠村的最高将领的把柄
然后就想用这个把柄为我换一条命
然后我离开会场和另外一个同学去偷资料
这个同学是zjf。
蓝 说 (18:34控制):
不知道为什么管资料的是法国人
蓝 说 (18:34控制):
然后朱把他引开
没有你知道就行了
这个时候我溜到资料室里去
蓝 说 (18:35控制):
然后正准备找的时候
有两个日本人进来
我就先躲起来
听见她们说 管事的之所以迟迟不杀我
是因为我是东京帝国大学毕业的
蓝 说 (18:36控制):
想留为己用
还有一个原因 是我师兄在背后帮我斡旋
好像是最近在收集资料在帮我打官司
所以也上了日军的醋单
蓝 说 (18:37控制):
然后这段话结束 我换了个睡姿 就醒了
Y说 (18:38控制):
梦是隐含的欲望经过扭曲之后的达成
首先,你的欲望是摆脱日本摆脱东大
有可能是你想辍学的欲望的扭曲
然后,你的母亲等等,都是现实中阻止你进行这个非理性选择的障碍
所以你在梦里选择了爆发
至于Z和那个法国人就更好解释了,就是你最近见过的人的映射
至于偷资料可以免死
是你心底认为存在一种投机取巧的捷径,或许可以完成博士学业
然而到最后一步无法成功,说明你对于这种捷径的存在产生了怀疑








